選挙結果は、小林よしのりの言うとおり、「小池と前原は腹を切れ」という結果になってしまった。10月2日の結党から立憲民主党の勢いは、若者のSNS戦略も功を奏し、アラブの春を彷彿させるものがあった。これは今後誠実に国民に訴え掛ければ、短期間で金をかけずに戦える可能性を示している。これが本当のわずかな希望だ。
明日は、投票日だが!
自公圧勝のようなニュースも流れているが・・・。秋葉原の枝野演説は盛り上がっていたようであるが、思考停止の人達が、希望に入れるのだけは止めて欲しい。
辻元清美の活動ブログ転載
辻元清美と小林よしのりを引き合わせたのは、自民党のリベラル保守加藤紘一氏。昨年亡くなられた自民党の加藤紘一元幹事長だ。
「2人が手を組まなきゃいけないほど時代は悪くなった、安倍政権で悪くなった」
加藤氏は、そう言ったという。
今回、歴史的和解と言われた小林よしのり氏の、辻元清美への応援演説を書き起こしたもの。
ゴーマニズム宣言、おぼっちゃまくんの小林よしのりです。
わしは、保守なんですよ、しかも改憲です。本来、敵。
なんで小林よしのりが辻元清美を応援するのか、とすぐ言われるんですね。
必ずネトウヨとかは、「もう小林よしのりは変節した」とか言ってるわけですよ。
ところが、辻元とわしは案外仲良くてねー。
二人で六本木の中華レストランの個室をとって二人でデートしながら飯食ったこともある。
ま、それ以上は発展しないんですけどね(笑)。
そのときわしは、彼女の人生を聞いてしまった。
恐るべき人だと思いましたよ。
ちょっと普通じゃない。筋金入り。
とにかくこの人は、安倍政権、権力のトップにある人間に、まったく臆せず闘っていける。
そういう人間って、この男社会の中ではほんと嫌われるんですよ。
で、ありとあらゆる辻元清美に対するデマが作られる。
ホント、デマだらけですよ。
辻元清美に関することで、ネトウヨとかがもうデマばかり作ってる。
それを、国会議員すら信じてたりするんです、実は。
酷い話ですよ。同じ党の中の政治家までそれを信じてたりするんですよ。
ホントに、よくこれだけデマを飛ばされてね。で、辻元清美はそれに耐えてる。
わしは、デマにいちいち反論しなさいと。
あまりにデマが広がり過ぎてるといって彼女に忠告してるんですよ、ほったらかしにするなと。
今フェイクニュースっていう、嘘のニュースばっかしが作られてる世の中でしょう?
でも、わしはやっぱり彼女を見ててホントに根性が座ってると思った。
ああやって権力に立ち向かうのはすごいな、と。
それからもう一つ、例えば護憲派を排除するとか、自分の意見と違う人間を排除するとか、そういう考えに立ってしまうと、恐ろしい世の中ができあがってしまう。
だからわしは、どういう人であろうと排除はしない。
ちゃんと熟議をする。
民主主義ていうのは、対立する概念の人間たちでも、とにかく議論する、熟議が大事。
小池百合子がよく言うんですよ、アウフヘーベンって。
アウフヘーベンっていうのは、矛盾する二つの意見がぶつかったときにより高いところに上げてく、もっと素晴らしい意見にしていく。
これをアウフヘーベンていうんですよ。
それなのに、矛盾する相手を排除しておいて、それでアウフヘーベンなんてできないじゃないですか。
議論しなきゃならないんですよ。
希望の党は、ホントは排除せずに全部入れていれば、結局、一対一の闘いになったんですよ。
そしたら政権交代も起こったかもしれない。
それをわざわざ小池百合子が排除してしまったから、もう野党は分裂する状態になっちゃった。そしたらもう勝てませんよ。
いまもう、安倍政権は300議席を超えるかもしれないって言われている。
そしたらもう完全独裁ですよ、今後は。何をやっても許されるんだなと安倍晋三は思うわけです。
加計問題も、森友問題も、共謀罪も、強引に中間報告で通してしまったことも、安保法制を強行採決したことも、全部やることはもうこれでもうすべて認められたと思うんですよ、安倍晋三は。
で、今からもっと独裁が進んでいく。そして言論も危うくなる。
なぜかと言うとマスコミのトップ、新聞社とかテレビ局とかそのトップが安倍晋三と会食してるんです。そしたら、自然に安倍政権に都合のいい放送しかしなくなるんですよ。
わしは以前、自民党の勉強会、自民党の中にもリベラルな議員がいるんですが、その勉強会に呼ばれました。
呼ばれたんだけど、直前になってキャンセルされた。
それは自民党の中のリベラル系じゃなく、安倍政権の信奉者の議員たちが潰したんです。
同じ日に勉強会は開催して、そこに百田尚樹を呼んできて「マスコミやスポンサーに圧力をかけて潰してしまえ」と、そういう議論をしてるんです、奴らは。
もう言論の自由も侵されているという状態です。
共謀罪もそうですよ。心の中で考えただけで駄目なんですから。
心の中で何か考える内心の自由を奪う、共謀罪で。
だから、表現者はみんな反対してる。当ったり前ですよ!
なんもしていないのに、これからは盗聴される、逮捕される、家宅捜索される。そういう時代になってしまうじゃないですか。
だからわしも必死で反対した。でも通されてしまった。そんな政権ですよ。
で、そうなると、いいですか? もう勝つんですよ、安倍政権はね。
だから、それと真っ向から戦える政党、政治家がどうしても必要だ。
これを食い止める政治家が必要だ。
議論の持ってきたかによっては、彼らの企みをあばくことが出来るんです。
その政治家が辻元なんですよ!!
これだけの根性があって、それだけの追及力がある、攻撃力がある、それが辻元清美なんです。
わしはやっぱり言論の自由がほしいから。民主主義は熟議だと思ってるから。
これ以上もう、強行採決、強行採決って通されていくのが非常に恐ろしい。
でも、例えば防衛の問題だって、辻元さん、ちゃんと具体的なことやってるんです。
リアリティがあるんですよ。
だから、例えば安保法制も、自衛隊を自衛隊のままで集団的自衛権に参加させてしまうことになった場合、自衛隊員は、軍隊未満の武力しか持たないんですよ? それでアメリカと一緒に戦わなければならなくなる。こんな危険なことはない。
立憲民主党は、辻元さんもそうだけど、個別的自衛権を強化しろと言ってる。
まず自分で守ることをどこまでやれるかをやれってことを言ってるわけですよ。
で、わしがアメリカ人と話をしていても、アメリカ人はこの考えに賛成する。
そりゃ当たり前ですよね?
だって、なんでアメリカ人の青年が、例えば尖閣諸島とかをまもるために血を流さなきゃならないの。
そりゃアメリカ人だってイヤですよ、日本人のために無人の尖閣諸島を護って死んでいかなきゃならないなんて。
だから、個別的自衛権を強化しよう、しかも、なおかつ、アラブ社会なんかと戦わないように制限を決めよう、というのが個別的自衛権なんです。
よっぽど立憲民主党の方が、辻元さんの方が、国を愛してる。
今の自民党とかそういうのは保守じゃない。あれはアメリカについていくだけ!
従米保守と言って、ひたすらアメリカについてって、戦争をしよう、それだけですよ。
それを何とかして防がなければいけないというところでは、(辻元と)同じ意見になってしまう。
だからわしも安保法制は反対したわけです。
集団的自衛権をこの段階で変えることは絶対おかしい。だからわしは立憲民主党の方が絶対いい。
もう、辻元清美ほどの筋金入りの議員じゃないと勝てません。
権力というものに真っ向から戦える辻元清美という議員を、絶対に国会に送ってください!
そうしなきゃみなさん、独裁を認めたことになりますよ?
多くの人にこのことを知らせて、とにかく自公で300議席超えるっていうのをなんとか食い止めて欲しい。なおかつ、絶対にこの辻元議員を送り込む。で、闘ってもらう。
我々の自由のためですよ!
ホント多くの人に、彼女が必要なんだということを、もうバリバリの保守の小林よしのりが言っているぞと報らせてください。
みなさん、お願いします。
マンション大規模修繕で住民を食い物にする呆れた業界の実態
ダイヤモンドオンライン 転載
本来、マンション管理は地道で堅実な仕事であるはずだ。各マンションを担当するフロントマンは住人の身になり、快適な生活をサポートして喜ばれる、それ自体がやり甲斐のある仕事だ。
しかし実態は違う。決まった管理委託費で満足し、地道に管理する会社では、この業界で生き残ることは難しい。ここでも悪貨が良貨を駆逐するという現実がある。だから管理会社は社員に、何とか管理組合の財布の紐を緩めさせることを求める。管理会社の模範的社員とは管理組合の節約に貢献する人ではなく、気前良く使わせる人なのだ。中でも高額な大規模修繕工事を受注できれば高い評価を得られる。そんな業界の体質は、しばしば摘発される公共工事顔負けのリベート・談合天国で、そのツケを払っているのはマンションを区分所有する住民なのだ。
メンテ、補修、大規模修繕工事
マンション管理はリベート天国
管理組合の補修、大規模修繕工事などの出費で管理会社が潤うのはなぜか?
それは管理会社が、実際の施工業者と下請け契約を交わし「手数料」などの名目で取り分を得られるからだ。
しかし実はそれだけではない。この業界は10%ほどのリベートがまかり通る世界なのだ。管理組合が見せられるのはリベートを乗せた金額で、損をさせられるのはここでも住民というわけだ。素人の管理組合理事にはとても見抜くことができないし、「高い」と感じても簡単に言いくるめられてしまう。これが高額な契約となる大規模修繕工事でも行われる。住民は、ただでさえ資金が不足がちな大規模修繕工事のために、積立金の値上げや一時金の徴収、果ては銀行借り入れまでして、管理会社に貢いでいるともいえる。
マンション黎明期から今に至るまで、大規模修繕工事を含む、あらゆる補修、設備の維持管理にかかる費用は、管理会社の「言い値」で支出され、管理会社の利益を生んできた。
もっとも、この仕組みは経済環境が厳しくなるにつれて、業界内の競争が激しくなって事態は少し変わってきている。私が、管理会社のボッタクリ状態から主導権を取り戻すためのノウハウを紹介し始めると、意欲的な管理組合が現れ、管理会社を変更する事例が増え始めたからだ。さすがに、管理会社の「やりたい放題」とはいかなくなってきている。
そこで、問題が起きたら管理契約を失うリスクの高い大規模修繕工事は外部に任せて、大規模修繕工事以外のあまり細かくコストカットを求められない小予算の修繕、改修工事で利益を積み上げるような戦略転換が起こってきている。
管理会社に代わって暗躍する
設計コンサルタント会社
大規模修繕のキーポジションとしては、管理会社に代わり設計コンサルタント会社(以下、設計コンサルと略)がその役割を果たすことが多くなっている。
本来、設計コンサルの業務は、専門知識のない施主(住民)に代わって、施工レベルを保ちながらコストを抑えることだ。つまり、欠陥工事、水増し工事から管理組合を守る“正義の味方”と期待されているのだ。
ところが実態は、単に管理会社に代わって施工業者から同様にリベートを受け取っていることが多い。設計コンサル自体も競争の激しい業界である。どんなに美味しいシステムを持っていても、受注できなければ意味がない。
そこで設計コンサルは、管理会社に営業をかけて受注する。安く引き受けても、前述のリベートシステムで十分ペイできる仕組みになっているため、損はしない。一部には施工業者からのリベートの一部を管理会社に上納する二重リベートシステムさえ存在する。
用意周到に仕組まれた談合装置
見せかけの競争・業界紙入札公募情報
それだけで驚くのはまだ早い。実際はリベートどころか、設計コンサルが仕切る談合によって、仲間内の利益を最大限に得ようとする手口がまかり通っているのだ。その手口はこうだ。
設計コンサルは、受注させる業者に声をかける。「今回はそちらに頼むからよろしく、リベートは10%で…」そして他の数社には「入札」(談合)に協力を依頼する。断れば仕事は一生回ってこない。数回協力すれば自分の番はやってくるわけだ。
ところがこれだけでは、談合に関係なく入札する業者が、もっと安い価格で応札する可能性がある。
そこで、設計コンサルは、「資本金5000万円以上」や「工事売上30億円以上」などハードルの高い入札条件を業界紙に公募情報として掲載する。「公募情報」といえば聞こえはいいが、専門家から見れば「談合宣言」に等しい公募なのである。
それでも談合サークル外の業者が安値で応札した場合、「そこだけが安いのは信用できない」(本当はそちらが適正価格に近く、談合組が高すぎるのだが)などとアドバイスして管理組合を説得し、結局、意中の業者に受注させる仕組みだ。
どうしたら、こんなリベートや談合に振り回されずにすむのだろうか?
悪い奴らに甘い汁を吸わせない
マンション大規模修繕工事の極意とは?
ここまでお話ししておいて「お前もか?」と言われそうだが、かくいう私も設計コンサルのはしくれであり、実際に、私が経営するシーアイピーは大規模修繕工事の設計コンサルを主要業務の一つとして取り組んでいる。
ただし、シーアイピーは設計コンサルに関して、ビタ一文リベートを受け取らない“非常識な”設計コンサルである。
残念なことに、同じように談合を仕切らない、リベートを受け取らない設計コンサルを、現時点で私はほとんど知らない。時々、工事業者の営業担当者がやってきて「シーアイピーさんにはリベートはどのくらい差し上げればよろしいでしょうか?」と聞くので「うちはいただきません」と答えるとびっくりされるほどだ。
だが、そうでなければどうして住民の側に立った適正な工事監理ができるだろうか?誰だって、利益が大きい方がいいに決まっている。もらえるところからは、どこからでももらいたいのが人情だ。住民にしてみれば少しでも安く引き受けてもらえる方がいいに決まっている。
しかし、そのようなそれぞれの立場の心理が、大規模修繕工事を談合とリベートの温床にしているのだ。
「管理組合=区分所有者」にとって一番大切なことは、管理組合と管理会社とは利益相反の立場にあり、言いなりになってはいけない、ということだ。
例えば何かの小工事が必要となった場合、相見積は当然だが、それも管理会社に任せるのでは意味はない。試しに、管理組合の誰かが他の業者に見積もりを依頼してみるといい。あまりに乖離した金額に驚くはずだ。
今ではインターネットを通して、業者のサイトから簡単に見積もりを依頼することができる。遠くからやってくる管理会社の取引先より、近所の業者の方が地域の信用も大切なので、適切な価格で丁寧な仕事となる可能性が多いし、アフターサービスも安心だ。
大規模修繕工事を良心的な設計コンサルに任せたいなら、管理会社経由で頼んではいけない。その時点で中立性は崩れてしまうからだ。
かと言って、独力で探すのは管理組合には荷が重い。
今一番注目されているのは、そんな談合やリベートを見抜く力のある、完全に管理組合側に立ってくれる「顧問」を雇うことだ。この役割を担えるのはリベートで利益を得ていない、私たちのような異色のコンサル会社やマンション管理士事務所だ。「マンション管理組合、顧問」でググれば多くの、高い倫理性、透明性を謳った顧問業務を引き受ける会社のホームページを見つけられる。よく見比べ、話を聞き、数社に絞り、さらに対話を重ねて決めると良い。工事や設計監理などと違い、実績が見えにくい顧問に月数万円の顧問料は大きく思えるが、結局のところ安くつくだけでなく、資産価値の下落や、会計の破綻を防ぐことができる。
資本金や工事売上などで公募をかける設計コンサル業界も要注意だ。過去5年間程度、新聞掲載の公募情報を見せてもらうと一目瞭然。悪しきリベート体質の餌食とならないために、心に留めていただきたい。
(株式会社シーアイピー代表取締役・一級建築士 須藤桂一)
繊維筋痛症3
ネット上にある様々な繊維筋痛症の闘病記では、激痛に至り酷くなられた方の改善はなかなか厳しいようである。私はそれ程酷くないうちに、この繊維筋痛症という病名に辿り着いたことは非常にラッキーであった。皆さんこの病気に辿り着く前にかなりの時間を要し、悪化させてしまうのではなかろうか。私は医者に行って診断がくだったわけではなく、自分で勝手に判断している。元々身体に自信は無いので、検査等でダメージを受けるのは嫌なもので、今後もこの病気で医者にかかる気は今のところ無い。
本日も、夜30分 ウォーキング+ジョギング
その後、ホットトマトジュース(オレガノ入り)
繊維筋痛症2
食生活を改善して、約2週間。痛みは和らぎつつある。薬膳カレーのライスは玄米なので、咀嚼回数を意識して食べている。改善前より、米の量が半減しているため、炭水化物の摂取も減り、血糖値の変動幅も少なくなっているはずである。したがって空腹感を感じなくなり、間食はナッツ類程度で済んでいる。
繊維筋痛症
一年前から、車のハンドルを握る感覚に違和感があり、おかしいと感じていると夏ぐらいから首筋に痛みが走るようになり、寝違えたかのかと思っていたが直らず。そのうち腕や関節、最近では指までしびれが拡大する。先日レディガガが繊維筋痛症にかかっていると発表し、どんな症状か調べたところ、自分の症状と一致する。中学時代の同級生が30代後半で発症したことをレディガガに呼応するようにFBでコメントしたので、彼に初期の状態を伺った。彼は直るのに10年かっかったという。私の過去の病歴や手術歴(高校・大学時代顎関節症による背骨の痛み:歯列矯正と咬合調整により改善、20代後半から今日まで過敏性腸症候群、34歳で胆嚢全摘、49歳そけいヘルニア手術)からしてもこの病気を発症することに納得した。そけいヘルニア手術で再脱出しないよう強固に縫合しているようで、その後も患部の痛みが消えず、これをきっかけに発症していると私自身推測している。食事と有酸素運動で改善を目指すことにする。
まず食生活から、極力グルテンフリー、白砂糖厳禁
朝:ひきわり納豆、葱、卵、青海苔、アマニ油、白米(雑穀入り)
昼:薬膳カレー(オリジナル)
補助食:玉ねぎスライス、スーパースプラウト、さば水煮
1日30分、軽いジョギング 呼吸を意識しながら
これをベースに9月20日から、まず3ヶ月でどのように改善するか。
政権抗議デモ 2017.10.1
朝日デジタル2017.10.1
東京・新宿で1日に繰り広げられた「安倍政権強制終了」のデモは、午後2時半に新宿駅西口近くの公園を出発。同駅西口から南口の前を回って歌舞伎町の前を通り、約1時間かけて繁華街を行進した。軽快なリズムと音楽を発する「サウンドカー」を先頭に「安倍はやめろ」「独裁やめろ」「国民なめるな」などと、政権批判を展開した。
デモの計画を立て始めたころは、国会審議を避けて衆院解散を決断した安倍政権に抗議することが目的だったという。ところがその後、政治情勢は急激に変化した。実際に行われたデモでは「小池もやめろ」「前原議員を許さない」など、安倍政権に加えていろんな方面に批判の矛先を向けることになった。
「それでも、僕たちが言わなくちゃいけないことは変わっていない」と、実行委員会の井手実さん(37)は言う。「小池新党の改憲や安保政策への姿勢、独裁的な政治手法は安倍政権と同一だから。枝野さんがこの場所まで足を運んでくれたことは大きいと思う。新党を作ることになったら応援していきたい」と話す。
デモに参加した東京都内在住の30代女性は「小池さんは政治路線は極右だし、政治手法も狡猾(こうかつ)。もし政権を取ると、今よりもっと危険になると思う」と話す。「必要なのは、リベラル派を排除することではなく、一部の人のためだけでない政治を作ること。これだけたくさんの人がデモに集まり、危機感を持っている人が多いことが分かったのはよかった」と話した。(吉沢龍彦)
皆さん、冷静な目で見てますね。さあ、どういう展開になるのか。
銀行と業者が結託?狙われる地方家主
AERA.dot 転載
* * *
千葉県野田市に住む男性(76)は裁判所から届いた手紙の前で頭を抱えていた。男性は自宅の住宅ローンの借金約570万円と、アパートを購入した際の借金2千万円以上を抱える。自宅は差し押さえられた。裁判所から自宅の評価額の通知を待っている。
現役時代は中堅の広告代理店で働き、年収1千万円の時期もあった。狂い始めたのは、業者の甘い勧誘を受けてからだ。
1992年3月、男性は銀行を含む金融機関と約6千万円の融資契約を結んだ。金利は固定金利の7・75%で期間は30年。この資金は、大手不動産管理会社と契約したアパート建設資金約5900万円に充てられた。
購入したアパートは山梨県に建てられた。「都市部は地価が高すぎる。これからは地方の時代」と言われたからだ。
男性はアパートを契約する前、すでに銀行から借金し、千葉県野田市に自宅を購入していた。当時その住宅ローン返済に月約5万円を支払い、年収は600万円ほど。副業や不動産収入はない。追加で6千万円もの借金をするには、本来なら融資する側も慎重に審査すべき案件だ。
男性は契約時、大手不動産管理会社の営業担当者から口頭で(1)10年間、月40万円の家賃保証(2)購入後5年~10年の期間は無条件で契約時の売買金額で売ることができる特約を説明された。
「家賃保証があり、購入額と同じ金額で売却できるなら」と軽い気持ちでサブリース契約を結んだ。
アパートのローン返済額は月43万円。家賃保証でもらった40万円を差し引いても、すでに3万円の赤字だったが、「当時の給与で3万円の支払いならば問題なかった」という。
そして契約から8年を過ぎたころ、アパートの売却を申し出た。購入時の金額で売却できるか、担当者に問うと「そんなことできるわけがありません」と突っぱねられた。男性が反論すると、「証拠となる書類を見せてください」と言われた。その特約を示す書類はどこにもなかった。
さらに契約して10年を過ぎてからは家賃保証の金額を17万円まで一方的に引き下げられ、自宅の住宅ローンを含めローンの支払額は月に30万円を超えた。
会社を退職してから、支払いは困難になった。男性は裁判を起こしたが、訴えは棄却された。
「事実と違う説明をされてモノを売りつけるのは違法ではないのか」と憤る。
■地方で増えるサブリース契約をめぐる被害相談
国民生活センターには、冒頭の男性と同じようにサブリース契約を結んでアパート経営を始め、首が回らなくなった家主からの相談が相次いでいる。
山陽地方に住む70代の女性は2000年に不動産会社からしつこい営業をかけられ、アパート経営を始めた。銀行から借金をして購入したアパートは徐々に空室が目立つようになり入居者は8部屋中、3部屋まで減った。当初の契約は30年間の家賃保証があったが、契約更新の際、担当者から一方的に賃料を下げると言われた。さらに10年後のリフォーム資金にかかる費用負担の説明が一切なかった。最終的に銀行への返済金が家賃収入を上回り赤字になった。
国民生活センターは「アパート建設は、大切な相続のお話に直結する。契約する前に一度立ち止まり、親子で共有することで冷静な判断ができる」とアドバイスする。
サブリース被害対策弁護団によると相談件数は2012年、月に2~3件だったが、昨夏から年明けにかけ、地方を中心に相談件数は4倍以上増えた。
サブリース大手「レオパレス21」(東京都)などを相手に、家主たちが集団提訴を起こすケースも地方で目立つ。
■銀行と不動産管理業者が結託?ビジネスのカラクリ
冒頭の千葉県の男性がサブリース契約を結ぶ時、背中を押したのは、6千万円の融資をした銀行融資担当者の一言だった。
「家賃保証が付いているこのビジネスモデルはすばらしい」
だが、このビジネスモデルにはカラクリがあった。
ある地方銀行の融資担当者はこう打ち明ける。
「銀行が不動産管理業者にアパート建設の顧客を紹介した場合、業者から紹介手数料を受け取る契約を結んでいる」
銀行と業者間の手数料のやり取りはあまり知られていないが、昔から存在する。一般的に業者が銀行に支払う手数料は建築価格の3%以内とされ、銀行関係者は「銀行が銀行窓口で生命保険を販売する見返りに受け取る販売手数料と同じようなもの」と話す。
金融庁は3月30日、銀行などに対し、顧客本位の融資を実現するよう注意を勧告。利益相反の適切な管理や手数料の明確化などを求めている。
銀行と業者間で手数料が発生し、顧客がそのやり取りを知らされていなければ、不利益を被る可能性があるからだ。
実際、業者が銀行に支払った手数料分を建築価格に上乗せしているか、否かは素人では判断できない。金融庁は「銀行は判断できる立場」とし、顧客本位の業務運営を求めている。
元地方銀行の融資担当者は顧客本位とは程遠い実情をこう明かす。
「顧客は、メーンで利用する銀行からサブリース契約を紹介されれば、まず信頼する。さらに融資の確約まで得られれば、他社と比較せず金額交渉もしない。銀行への紹介手数料分が顧客の負担になり、建築価格が膨らんでもまず、わからないだろう」
■アパート融資は地方銀行のノルマ達成の頼みの綱
ある大手地方銀行の融資担当者はこう打ち明ける。「支店の業績表彰のために、事業性融資の金額の底上げが必要になる。アパート融資を推進する理由は、高金利のほかに、アパート融資もこの事業性に組み込まれていることが要因」
事業性融資とは、企業が手がける事業の成長性などを評価して貸し出す仕組みだ。この事業性部門は支店の要で、融資担当者にとって、アパート融資の目標達成は人事上での評価も高いという。
「これまで銀行全体としてアパート融資に積極的だった。一定の給与収入があれば、支払い能力があると判断し、アパートの家賃収入の試算が甘くても融資できた。(貸出額を引き上げるための)最後の頼みの綱だった」(前出の担当者)
しかし、ここ半年ほどで雰囲気が変わった。
「本部がアパート融資に歯止めをかけ始めている」というのだ。
それでも現場レベルでは貸し出す企業がなければアパート融資に頼る現状は変わっていない。
「震災復興需要で業績が良い企業にアパート融資をお願いしたりして、企業向け融資(事業性融資)を稼いでいる支店が多い」のが実情だ。
日銀が8月10日発表したアパート融資の新規融資額を示す「個人による貸家業」の統計によると、4~6月期は7171億円で、前年比で14・6%減少した。前年比2期連続で新規融資が減った。
一方、日銀が09年度からアパート融資の残高を把握するために始めた統計によると、大手銀行の10年3月末のアパート融資残高は11兆円。一方で地方銀行は8兆9千億円。その後大手行は残高を下げ、17年3月末に8兆3千億円まで落とした。一方、地方銀行は逆に右肩上がりに残高を積み増しし、17年3月末に13兆8千億円まで増加していた。
サブリース被害対策弁護団の増田祐一弁護士は「昨年9月に国交省が通知を出し、一部業者に対し、家主へのサブリースのリスク説明を徹底させた。その後、大手の不動産業者、都銀は過度な営業活動を控えている」
しかし、人口減少に直面する地方銀行はアパート融資が増加。地方では貸し出しできる企業が少ないため、アパート融資で貸出残高を積み増ししてきた実態が透けてみえる。
不動産コンサルタントの長嶋修さんはこう分析する。
「不動産業者、地方銀行の多くは今もアパート融資に積極的。アパート経営をしたことがなく、不動産投資に疎い地方の地主が狙われやすい。駅から遠いなど、需要がない場所でもアパート建設の営業をしている事例も多い」
前出の増田弁護士によると、最近は大手ではなく、中小の不動産業者と契約した相談者から、「アパートがいつまで経っても建てられない」といった、より悪質な被害相談も増えているという。(佐藤拓也)
男たちが見た小池百合子という女
文春オンライン転載
小池百合子とは何者なのか。
カイロ大留学を経て、キャスターとして颯爽とテレビ画面にデビュー。1992年には新党旋風の中で政界入りを果たす。その後、いくつかの政党を渡り歩くが、彼女の周囲には、細川護煕、小沢一郎、小泉純一郎ら、常に権力者の姿があった。
「男たち」の証言から、女性初の都知事の素顔に迫る。
駅前のロータリーは歩道橋の上まで埋め尽くされていたが、彼女のイメージカラーである緑色のものを身に着けた人は、ほとんど見受けられなかった。
選挙カーの上では候補者の横で黄緑色のジャケットを着た小池百合子都知事が、よどみなく話し続けていた。私の前にいた初老の男性が、
「うまいねえ。大したもんだ」
と隣の女性に語りかけるのを耳にしたが、その口調には、どこか茶の間でテレビを見ながら論評しているような空虚さが感じられた。
選挙カーの上から彼女は観客を巻き込もうと問いかけるように話すのだが拍手はまばらだった。
昨夏の都知事選では緑色の服をまとった、あるいは緑のハンカチやキュウリやニガウリを握りしめた群衆が殺到し、小池の演説に熱狂して、さかんに共感の拍手を送り、さながら野外劇場の観があったものだが。
「小池百合子の前半生を描いて欲しい」と月刊誌『新潮45』から依頼があり、寄稿したのは昨年暮れのこと。以来、私はずっと「戸惑い」を感じながら、今に至っている。
彼女は非常に発信能力の長けた人で著作も多い。また、マスコミ好きでテレビや雑誌上のインタビューにも積極的に応じ、自分を多弁に語ってきた人である。だが、その彼女の「語り」をどこまで信じていいのか。
例えば彼女はカイロ大学を「首席で卒業した」と語っているのだが、アラブ語を学んだことのない留学生がカイロ大学を首席で卒業できるとは、私にはどうしても考えられない。
また、その主張や行動には一貫性が見出せず、彼女が何を思い、何を求めて生きているのかが理解できない。彼女はアジアとの協調路線を謳った日本新党の出身で強烈な「自民党批判」で世に出た人である。ところが自民党に移ると、タカ派的な発言を繰り返すようになる。リベラル層を取り込んで東京都知事になったが、彼女は本当に「リベラル」な考え方の持ち主なのか。
細川護熙、小沢一郎、小泉純一郎と、政治信条もタイプもまったく異なる実力者の傍らに常にポジションを得て、口の悪い人々からは「権力と寝る女」、「渡り鳥」と揶揄されながらも政界を泳ぎ切った女性である。
そして彼女は今、権力者の傍らから離れて、自らの手で地位を掴み、さらには政党まで作ってしまったのだった。
一体、小池百合子とは何者なのか。彼女の「語り」に耳を傾けるだけでは決して実像は見えてこない。ならば、小池と関わりのあった他者たちは、彼女をどう語るのか。そこには本人の「語り」とはまた別の物語が見出せるはずである。
「やります」と即断
エジプトの首都カイロで大学を卒業し、通訳兼ガイドをしていた小池は日本テレビの幹部と現地で知り合い、それが縁となって「竹村健一の世相講談」のアシスタントに選ばれる。その後、テレビ東京が夜の経済情報番組「ワールドビジネスサテライト」を立ち上げるにあたり、初代キャスターとして引き抜かれるのは、ちょうど昭和が終わろうという時期であった。小池の起用を決めたのは日経新聞出身で、当時はテレビ東京取締役報道局長の立場にあった池内正人。
「あるパーティーの席で偶然、一緒になってね、『やってみる気あるか』と聞いたら、『やります』と即断即決だった。彼女は芸能プロダクションに所属していなかったから本人の意思で決められたんだ」
華やかな容姿と頭の回転の速さ。加えて努力家で根性もあった。番組は軌道に乗った。ところが4年後の1992年、細川護熙が新党を立ち上げ、彼女を政界へと勧誘した。
「立派なニュースキャスターになれば、よっぽど社会に影響力を持てる。政治家になったって、どうせ陣笠どまりだ。つまらないじゃないかって引き留めたんだけれどね、彼女はポロポロ泣きながら、『最初は陣笠でも、それで終わるつもりはありません』と言ってね。そういえば話し合いの後、彼女が化粧室に行ったんだけど戻ってきたら、さっきまで泣いていたとは思えない晴れやかな顔をしていたので、あれって思った」
92年、40歳での決断だった。彼女はおそらく自分の年齢を意識していたのだろう。いくら持てはやされていても、テレビの世界で女性は長く活躍できない。容姿が衰えれば若い女性にとって代わられる。自分をもっと有益に生かし得る、第2ステージとして政界を選んだのだろう。永田町ならば、まだ女の寿命は長い。直後の参議院選で当選。党首の細川護熙とは美男美女の組み合わせで日本新党の広告塔となった。細川が語る。
「私が新党を立ち上げようとしたとき、周りにいたのは地味な年配の男性たちばかりでした。花がないと指摘され、小池さんをお迎えするよう助言されたんです」
余談めくが、この頃の小池の最大の武器は、知名度とミニスカートだった。本人自身が「ミニスカートとハイヒールで戦います」と宣言し、選挙期間中も当選後もずっとミニスカートで通した。彼女が選挙カーの梯子を登る時、カメラマンたちが殺到したが、嫌な顔も見せなかった。ファッションを重視し、自分の容姿を最大限に生かそうとする。どうすればマスコミが注目するか、骨の髄からわかっていたのだろう。何を着るか、髪型をどうするか、口紅の色に至るまで細心の注意を払った。それは彼女の最大の関心事であると同時に、有権者の関心事でもあると理解していたのだろう。
細川が内閣総理大臣となる中、彼女が党内で担当したのは広報と候補者の選定だった。細川が続ける。
「発想が自由で独特でした。例えば、ポスター用に『政治家、総とっかえ』なんていうキャッチフレーズを思いつく。私に記者会見でプロンプターを使うように勧めてくれたのも彼女でした。候補者の選定でも、テキパキと指揮を執ってくれた。一方、政策面には、そんなにコミットしていなかったかもしれません。そこは主として新聞記者や学者に手伝ってもらっていましたので」
表情を作って話をする
政策の中身よりも、話し方やネクタイの趣味のほうがテレビを見る有権者の心を掴む。この頃から、テレビが政治を左右する傾向が強くなっていた。見た目や、ワンフレーズの受け答えが重視される。平成時代に入って政治そのものがファッション化していった。小池は時代の申し子だったのかもしれない。
「テレビの影響で政治家のあり方が変わり、テレビにうまく対応できる人が政治家として売れていくという時代になった。小池さんもその中から出てきた人、というか、彼女はテレビの中から生まれ、その先頭にいた人でしょう」
そう指摘するのは、日本新党に合流した元社民連代表の江田五月だ。
「小池さんは日本新党のフレッシュなイメージを象徴する役割を担わされていたから、見られる、ということに過剰になってしまったのかもしれない。今でも、すごく表情をつくって話をする。ああ、小池さんだな、と思う」
細川政権は7党1会派からなる連立政権だったため始終、政策をすり合わせる必要があった。だが、そういった場に小池がいることはなかった。表向きは日本新党の顔だが、任されたのは候補者選びと広報、マスコミ対策に限られていたからだ。
絶大な人気を博したものの、細川政権は短命に終わる。彼女にとって最大の庇護者だった細川が首相辞任を表明すると、その行動は素早かった。日本新党に所属していた遠藤利明元2020年東京オリンピック・パラリンピック大臣が語る。
「細川さんが辞めると言い出した時、彼女は自分が代わりに党首になるか、もしくは日本新党を解党し新しい政党をつくり自分が党首になるかで悩んでいました。その頃からトップに立ちたいという意欲はあったんだよね」
一方、江田の証言は、少し異なる。
「細川さんの輝きが失われて、ぐらつき始めた時、彼女はもう連立を組む新生党の小沢一郎さんに近づいていた。機を見るに敏だなあ、と感じた記憶があります」
自分がトップに立つか、小沢の元に参じるかで悩み後者を選んだ、ということのようだ。
細川が辞任した94年の暮には、日本新党、公明党の一部、小沢が率いる新生党ほかが合併して海部俊樹を党首に新進党が誕生。横浜アリーナで客席を一枚布が蔽う華やかな党大会が催され話題をさらった。この時、江田は大会招集委員長を務め、その後、広報企画委員長を担当。小池は広報企画委員長代理だった。江田は続ける。
「小池さんは演出や広報は確かにうまい。ただ、それは表面的なことなんですよね。環境大臣時代に『クールビズ』というのを打ち出しましたが、なぜ環境が大切なのか、そういった信念みたいなものは伝わってこない」
新進党は200人を超える大野党として好スタートを切ったものの羽田孜と小沢一郎の対立が深刻化し、やがて内紛となる。江田や細川は羽田につき、小池は小沢についた。新進党の解党後は、小沢とともに自由党に参加。
この時、行動をともにした同僚に西村眞吾がいる。新進党、自由党で一緒に過ごした西村は「やくざ世界でいえば、『姐さん』のようなポジション」だったと小池を語る。
「トップと近い。彼女は常にそう見られるように振舞っていた。男にはできないよ。常に脚光を浴びる人物の隣に陣取る。だいたい、街宣車の上で小泉純一郎のネクタイ、男が直しても様にならんわな。
例えば小沢さんと飯を食う。そうすると彼女は必ず小沢さんの隣に座る。俺は党首だから『小沢先生』と呼ぶ。彼女は『小沢さん』と呼ぶ。傍から見たら、俺より上、というふうに映るわな。昔、耳かき専門の坊さんがおった。秀吉の時代。坊さんが秀吉の耳かきをする。耳かきしながら、何かしゃべってるように見せかける。実際はしゃべってへんのやけれど。すると周りの大名たちには、坊さんが何かささやいているように見える。で、その坊さんのところには大名から付け届けがたくさん届く。政界にはそういう人間が多い。
最近の小池百合子を見ていて、よく思い出すのは管野スガ。大逆事件で女性で唯一死刑囚になった人や。このスガは死刑になるとき、他の男たちと違うて、まったく取り乱さなかったそうやね。俺の大学の先生が、この話をしてくれて、こう言うた。『女はな、アバズレほど度胸が据わってるもんや』。あと、朴槿恵にも似てる。孤独な感じが。目が笑うてない。拉致被害者の議連でも一緒やったけれど、テレビカメラが入ると、必ず映り込む。あれは本能やと思った」
権力者の傍らにいること、トップと近しいと周囲に思わせること、マスコミに登場し知名度を保ち続けること。そのためにはどうしたらいいのか。彼女の関心は、常にそこにあったのか。だからこそ、政策や信念は周囲の状況に合わせてぶれていくのだろうか。西村は続けた。
「コロッと自説を変えてしまうことがあった。例えば、在日外国人参政権、俺も小池も反対してた。ところが、小沢さんが賛成となったら、小池もそっち側に回っていた」
権力者への徹底的な忠誠。しかし、それすらもある日、突然変わってしまう。
小沢一郎の側近中の側近、自由党時代には参議院議員も務めた「小沢の懐刀」平野貞夫が振り返る。
「自由党は自民党と連立しましたが、連立を続けるべきか、あるいは袂を分かつべきかで、党内の意見が分かれた。小池さんも僕も、リベラルな保守政党として、自民党とは一緒にならずにやるべきだと思っていた。小池さんは『自民党に合流しないで踏ん張りましょうよ』と言ってね。小沢も感激していた。ところが、そんな小池さんに公明党を通じて自民党が『応援するから自由党を出ろ』と揺さぶりをかけてきた。でも、小池さんを信じていたから小沢は特に対策はしなかったんです」
自民党なんかとくっついてはダメだと主張する急先鋒だった小池が、離反するとは考えられなかったと平野はいう。
「でも、いよいよ小池さんが怪しい、抜けそうだと情報が入ったので、私は小沢に、『小池さんに電話して残るように説得してくれ』と頼んだ。それで小沢が小池さんに連絡をして、『自由党で比例第1位にするから残ってくれ』と引き留めたんです。ところが、その時、小池さんがなんて言ったか。『比例1位といっても自由党から当選者が出ると思ってるんですか』って。どうして、そんなに薄情なことが言えるのか。愕然とした」
小池は細川のもとを離れた時と同じように、主(あるじ)であった小沢から離反した理由を、さかんにマスコミに吹聴した。小沢の政治手法に疑問を感じたからだ、と。平野はいう。
「直前まで小沢にあれだけ迎合していたのだから、それは言い訳になっていないと思う」
小池は保守党を経由して、予定どおり自民党入りを果たす。2002年、政治家になって11年目のことだった。
「自民党を変えるには中に入って変えるのが一番だと気づいたからだ」と、彼女は語っている。
郵政選挙の刺客第1号に
永田町も一定数は女性を起用しなければ、世論の反発を招くと意識するようになっていた。女性議員であり、ある程度のキャリアを持ち、広報宣伝に長け、マスコミ受けする小池は、他党に置いておくよりも、引き入れて仲間にしたほうが得と自民党は判断したのだろう。
彼女にとって幸いしたのは、総裁が「自民党をぶっ壊す」が口癖の小泉純一郎だったことだ。翌年、小泉内閣でいきなり環境大臣に抜擢される。小泉ならではの「サプライズ人事」。当選回数や派閥でポストを割り振るそれまでの自民党内のルールを無視したやり方で、党内に総裁の力を見せつける効果があった。この時から、小泉と小池の間に「共犯関係」が生まれる。小泉政権の申し子として、小池は先回りして小泉の意を汲むようになるが、その最たる例がくだんの郵政選挙であったろう。
小泉は郵政民営化法案に反対する自民党議員の選挙区に、それぞれ「刺客」を送り込む。この時、真っ先に手をあげて自ら刺客第1号になると宣言したのが小池だった。
小池は自民党の実力者、小林興起のいる東京10区に降り立った。小林らには「抵抗勢力」というレッテルが張られ、連日、ワイドショーは小林と小池の対立構造を報道し続けた。小林が悔しさをにじませ、当時を振り返る。
「郵政民営化は、アメリカが要請したこと。心ある日本の政治家なら反対するのが当たり前です。日本の富をアメリカに叩き売るという法案なんだから。小泉さんは自分の権力を保持するために、アメリカにすり寄った。それにしても、あんなに凄まじい印象操作がされるなんて思ってもいなかった。クリーンな小泉さんに、かわいい小池さんが賛同して一緒にやっつけるっていう図にされてしまった」
総裁に楯突くのだから干されることは覚悟していた。しかし、まさか刺客を送り込まれ落選した上に、除名処分を下されるとまでは思っていなかったという。
「政治家になるために通産省に入った。通産省に入るために東大法学部に行った。そのために日比谷高校に行った。小学生の時、父が政治家という職業があることを教えてくれたんです。でも、うちには、何もないから学問をして政治家になれと。小池さんは小泉さんに気に入られて、すぐに環境大臣になった。でも、それだけでは満足しないで大臣なのに自分の選挙区をあっさり捨てて、刺客に立候補した。どうしてそこまで小泉さんにゴマをすったのか。選挙の時も『私は環境大臣で忙しくて、郵政民営化なんて勉強するヒマはなかった』と堂々と言っていた。それなら、なぜ手をあげてまで刺客になるのか。それは主義主張がないからで、ただの遊泳術だ」
キャスター時代に培った、ワンフレーズの受け答え。魅力的な表情の作り方、よどみのない話し方。政局がテレビを通じて茶の間に提供される。メディアと彼女が組んだ時、その力は絶大なものとなる。
発端は沖縄の基地問題
自民党の閣僚となった小池とメディアが組んだ結果、その後半生を大きく狂わされた人物がもうひとりいる。防衛省の大物事務次官として知られた守屋武昌だ。第1次安倍内閣で久間章生大臣が失言により更迭されると、小泉元首相の意向で後任に小池が指名される。着任時に職員が新大臣に手渡す花束に「百合の花を入れろ」というのが、小池から下された最初の注文だった。
彼女は着任するとすぐに、守屋事務次官とバトルをはじめ、その模様をマスコミは郵政選挙の時と同じように煽った。守屋は事務次官の座を追われ、同時に小池も自ら防衛大臣の座を2カ月にも満たずに降りている。一体、何があったのか。
当時、マスコミには本質が伝えられなかったが、沖縄の基地移転問題に端を発していたと、守屋武昌元事務次官は今、口にする。
「小池さんは防衛大臣になる前、小泉政権下、環境大臣と兼務で沖縄及び北方対策担当大臣をしていた。その時から、沖縄問題に大きく関与してきた。小池さんには沖縄基地問題を解決して名を挙げたい、という強烈な欲が感じられました。また、沖縄財界の一部の人たちと繋がっていて、そこで聞かされる話を鵜呑みにしていた。
小池さんは『あなたたちが主張しているV字型滑走路案はやめて、辺野古の沖合を埋め立てる案にしたほうがいい。沖縄の財界もそれを望んでいる』と言いました。環境大臣をやっていた人が海を埋め立てればいいと簡単に言うのが不思議でした。V字型滑走路案というのは米軍基地内を中心に滑走路を作るという案で、これならサンゴ礁への影響を最小限にできる。一方、沖合埋立案は、環境を破壊します。環境派を敵に回すわけにはいかない。しかし、埋立案のほうが公共事業としては、地元の業者を潤すことになるので、沖縄財界は盛んに揺さぶりをかけていたんです。こういった複雑な事情を小池さんは、十分に理解していなかった。国防に対する知識は、それまでの歴代の大臣と比べて失礼ですが低かった」
ふたりの対立は、はた目にも明らかだった。小池は露骨に守屋を遠ざけ、守屋の部下である警察庁出身の西川徹矢官房長に接近する。そんな中で突然、毎日新聞に「守屋退任へ、後任は西川」の記事が出た。守屋は何も知らされておらず、報道を見て愕然とする。なぜ、事前に伝えてくれなかったのかと小池に抗議すると、「前日の電話に出なかった、あなたが悪い」と言われ、同時にマスコミに対しては「事務次官に電話がつながらないのは、危機管理上も問題だと思う」と吹聴された。守屋は言う。
「私を外したい、ということなら、私に直接、昼間に役所で言ってくれればいい。その機会はいくらでもありました。なぜ、陰でこそこそとやるのか。こういうやり方は組織を壊します。小池さんからの電話は夜中の12時過ぎ。私の携帯電話に1回だけ、しかもワンギリです。私は就寝していて気づきませんでした。大事な電話なら、2度、3度とかけるのではないでしょうか。マスコミには事実を曲げてお話しになる。出られないようなかけ方をして、出なかった、けしからん首だ、というのは、何十年も役所に勤めあげた公務員に対してやることでしょうか。
そもそも事務次官の後任人事は、事務方にも相談し官邸を通して決めることです。小池さんは自分の決めた人事案を、親しい新聞記者に自らリークした。既成事実化し、外堀を埋めてしまえば、それが現実になるという考え方は無謀です。新聞記事が出た日の午後、小池さんはアメリカへ向かいました。『私なら基地問題をライス国務長官と女同士、英語で話せば説得できる』と単純に思っておられたようですが、まったくライスには相手にされなかった」
帰国時、事務次官人事の真相を確かめようと記者やテレビカメラが小池を取り囲んだ。小池の訪米が嫌でも注目されるように、巧みに計算されていたようにも思える。
郵政選挙の際、悪者とされた小林興起と同じ構図が守屋にも降りかかった。小林同様、恰幅がよく、太り気味の守屋は「悪人役」にはまり、クリーンな小池が果敢に戦いを挑んでいると世間には映った。
その後、守屋は商社・山田洋行からの接待疑惑が持ち上がり、特捜に収賄で逮捕起訴されることになる。「小池の嗅覚はやはりすごい」、「女のカンは鋭い」という声があがり、小池自らもそう宣伝した。一方、守屋は「特捜と小池さんとの間にパイプを感じた」と振り返る。
守屋は合計数百万円の収賄罪で起訴され、服役。約6600万円の退職金は自主返納している。
一方、小池は守屋の首を切ることに成功しつつ、「イージス艦の機密情報漏洩の責任を誰も取っていないので自分が取る」と言い、わずか55日間で防衛大臣の座を自ら降りた。イージス艦の機密漏洩問題が起こったのは、小池の着任前のことであり、辞任の説明としては説得力がなかった。官邸も騒ぎを起こした小池に怒りを滲ませており、また、ライスには歯牙にもかけられず、小池自身がひとまず降りようと思ったのだろうか。
「沖縄の基地問題の根の深さに気づき、自分の経歴が傷つかないうちに辞めたのではないか」と守屋は語る。
女性たちからの支持
その後、彼女の自己顕示欲が人事で解消されることはなかった。民主党に政権が移ると「自民党が天下を取るまで願掛けをし髪を切らない」と宣言し、自ら「臥薪嘗胆ヘア」と言い、マスコミに長髪となった理由を説明してみせた。
かつては宣伝、広報に抜群の能力を発揮し重用されたが、目立ちたいという欲が空回りし始めた印象を受ける。3年後の12年、自民党に政権が戻ると今度は「断髪式」をすると言い出した。本人は国技館を借りようと思ったらしいが、それは叶わず都内のホテルで議員を中心にした知人たちにハサミを入れさせ、やはりマスコミに取材させている。
本人は楽しんでいたのかもしれないが、少し痛々しさを感じる。こうした自己アピールも報われず、党内の「花」の役割は年若い稲田朋美や丸川珠代へと移っていった。
見栄えのする女性である、という彼女の専売特許はもはや彼女だけのものではなくなっていたのである。
だが、年齢が増していくのと引き換えに、得たものもあった。それは女性たちからの支持である。男社会の中で優遇されている女性というキャラクターから、男社会の中で孤軍奮闘してきた女性へと彼女は巧みに変貌を遂げたのだ。
男性権力者から地位を与えられないのならば、自分で掴みにいけばいい。永田町は議院内閣制であるので、トップにはなかなか立てないが首長選は直接選挙である。大衆の心を掴めば一気にトップに立てる。そうした判断から昨夏の都知事選への出馬を思い立ったのだろう。
石原慎太郎の「大年増の厚化粧」といった発言は、彼女にとって絶好の追い風となる。男性に嫉妬されいじめられながらも男性社会の不正を正そうと奮闘していると有権者の眼には映った。ミニスカートとハイヒールで選挙戦を戦った小池はパンツスーツに鉢巻という、彼女がかつて「オバサン臭くて嫌」と嫌悪した選挙スタイルに身を包み、どろ臭さを見せて、女性有権者の心を掴んだ。
この時、自民党からの除名処分を覚悟で小池の応援に駆け付けたのは若狭勝、ただひとりだった。元検事で東京地検特捜部副部長も務め、弁護士を経て14年、自民党公認で出馬し衆議院議員となった。小池とは13年の初出馬の際、選挙の応援演説をしてもらってからの縁だという。若狭は小池を擁護する。
「僕は特捜部にいて、政治家の汚職をずっと見てきた。これまでの日本の政治は『しがらみ政治』。利権構造で透明性の確保や情報公開には消極的、税金へのコスト意識も低い。この『しがらみ政治』をどうにかしなくては、政治の劣化は止まらない。小池さんは、そういったものと戦っている。自民党都連は『しがらみ政治』をしてきたから、小池さんを受け入れようとしないんです。
そもそも日本社会はあまりにも女性の視線や意見を取り入れてこなかった。多様性のない社会は弱い。国連からも女性差別の撤廃が徹底されていないと指摘されています。だから僕は、都知事は女性がいいとかねてより思っていました。その上、創造性、決断力、実行力のある小池さんなら適任です。小池さんは『しがらみ政治』と戦っているだけで、わざと敵を作って対立構造を煽っているわけではないです」
築地市場を抱える中央区の矢田美英区長は、1987年より区長に就任して現在8期目のベテランである。彼もまた小池の手腕に期待をかける。
「昨年夏、小池都知事が誕生して、いったん豊洲移転を立ち止まって考えると結論を下した。それは良かったと思います。ただ、ここまで時間がかかるとはちょっと予想外でした。遅くても今年1月には結論を出してくれるものだと思っていたんです。中央区はオリンピックの環状2号線の計画もあるので、とにかく決定を早くしてくれないと、そちらにも支障をきたしかねないから」
混乱が続く中で、小池は都議選の告示日が迫った6月20日、ようやく結論を出す。それが、「築地は守る、豊洲を活かす」という併用案だ。矢田区長はこの案を歓迎するという。
「築地を売却するのではなく活用していくという案には中央区長として賛成です。もともと私も売却せずに、ホテルやミュージアム、あるいはスポーツ施設などをつくって、活気のある街ができることを望んでいましたから。食のテーマパークというのも一案でしょう。5年後をめどに豊洲に移転した業者をもう一度築地に戻すというのは現実的には大変難しい問題も多いと思いますが、区としても築地が新たな名所となるよう都と一緒に幅広く考えていきたい」
中央区としては期待をかけているのだろう。だが、この豊洲、築地の折衷案には、「選挙対策」、「財源が定かではない」といった厳しい声も上がっている。
小池は変節したのか
都知事になってから間もなく1年が経つ。都知事就任直後は、豊洲への移転延期を表明し、オリンピック・パラリンピック会場の見直しを掲げるなど、自民党との対立姿勢を前面に打ち出していた。都知事への支持率は非常に高く、自民党都連との戦いは、連日、ワイドショーを賑わした。
その一方で、豊洲問題もオリンピック・パラリンピックの会場見直しも、何か中途半端に終わった印象が拭い切れないように思う。小池は変節したのだろうか。東京五輪組織委の副会長として交渉に立ち合った前出の遠藤は自民党議員として、この変化を好意的に受け止めていた。
「小池さんは何事も明快で、ポーンと答えを出してくる。少し早すぎるというか、周りを見ないで走っちゃうところがあるから、なかなか周りがついていけない。
けれんみのない行動力と感性。闘争心とチャレンジ精神の旺盛さは昔から。普通の人は両脇を見て走り出すけれど、小池さんは前だけ見て横を見ない。すると、あのスピードと闘争心だから、ついていける人がいないんだ。あんまり周りに人がいないのはそのせいかな。
都知事選を勝つために対立姿勢を打ち出したから、直後もそういったポーズを見せる必要があったんだと思う。だから、ちょっとギクシャクした面は確かにあった。でも、それは小池さんがよく経緯を知らなかったからで、今は状況を理解できたんじゃないのかな。森(喜朗・五輪組織委会長)さんと小池さんは仲がいい悪いじゃなくて政治手法や個性が違う。森さんは富士山に登るなら、皆に声をかけて訓練して食料を用意して、っていう人。まさにラグビーなんだ。一方、小池さんはヘリコプターに一人だけ乗って、中から皆に指示を出す。で、山頂に着いて、『早く来なさい』という感じ。まあ、勝負師なんだな。好きなのかもしれない、戦うことが」
遠藤が好意的に評価する面を、逆に危惧する人もいる。都政を長年、見つめ自らも都知事選に立候補した経験を持つ弁護士の宇都宮健児は、こう憂慮していた。
「都知事になられた直後、私は小池さんに要望書を提出しました。都の職員の方に渡して帰るつもりだったんですが、『都知事がお会いになります』と言われて部屋に通されたら、たくさんの取材陣がいて。初期の小池都政にはずいぶん私たちの意見が反映されていたと思いますが、今は小池都政に疑問も抱いています。
住民福祉は石原さんがずいぶんカットして、その分を投資や湾岸開発に回してしまった。それを小池さんはどう考えるのか。小池さんのいう都民の中に弱者が含まれているのかも疑問です。在日の方、障害者、非正規労働者、こういった人への配慮はあるのか。自民党との違いが不鮮明になってきているように感じます」
自民党との繋がりが小池都政の命取りになると危惧する声は、小沢一郎自由党代表からも聞かれた。
「都議選は勝つでしょう。彼女がくまなく回って応援演説すれば。では、勝ってどうするのか。そこで何をするのか。そこからはじめて彼女に、本当の評価が都民から下されることになる。だから、これからが大変なんです。
今、子どもの火遊びみたいなことを官邸がやっている。権力の適切な使い方を安倍さんは知らない。彼女がその二の舞をするとは思わないけれど、気を付けなきゃいけない。
人間はそれなりのポジションに就くと、どうしても保身の欲が出てきます。それが心の中で勝ってしまうと、もうダメだ。自分を捨てないと政(まつりごと)はうまくいかない。安倍政治に対する不満が、小池さんへの期待につながっている部分がある。でも、それが自民党にすり寄っているとなったら、都民は引いていくでしょう。ちょうど、民主党が自民党にすり寄ってダメになったように。
ようやく離党届を出したようだけれど、どこまで反自民を打ち出していけるか。途中ですり寄ったらダメだ。ただ知事になっていたいと思ったら、自民でも安倍さんでもすり寄ればいいけれど。でも、何を考えているのか、もうひとつわからないところがある。理念的なものを持っているのか。自民党とそんなに大きく考え方が違わないようにも見えます」
築地移転の方針を示した3日後の23日、公示日を迎え都議選が本格的にスタートした。選挙を仕切るのは小池百合子の「腹心」「参謀」と言われる、元都議の野田数である。都議時代には尖閣諸島購入計画を熱烈に支持し、大日本帝国憲法の復活請願を都議会に出したことでも知られる。小池とこの野田によって「都民ファーストの会」の候補者は選定された。候補者たちは小池をひたすら仰ぎ見て、その考えに追従すると表明している。
政治家というよりも「女優」
彼女を語る声と、彼女自身による「語り」との間にある隔たり。それを知った時、私の中で彼女は、政治家というよりも「女優」の印象が強くなった。
彼女は与えられた役を演じているだけ。あるいは、「女性の政治家」という役割を、求めに応じて演じているだけなのではないだろうか。だからこそ、そこには彼女の深い意思を見出すことはできない。私のなかにあった彼女に対する「戸惑い」は、彼女を女優だと捉えることで消えていった。自分のイメージを守るために「語り」続ける。事実の上書きをする。主張にずれが生じることも女優であれば、役が変わるのだから当然だろう。
スポットライトを浴びたいという欲求。どこに行けば自分が注目されるのか、どうすれば世間からヒロインとして扱われるのかを常に考える。こうした「女優」気質に彼女自身も振り回され続けているのではないだろうかと思う。
彼女は生まれたときから頬に大きなアザがあったという。「百合ちゃんは美人じゃないから、ひとりで生きていけるようにならなくてはダメよ」と幼い頃から母に言われ続けた。このアザこそが自分の生きる原動力になったと、議員になりたての頃、雑誌のインタビューで語っている。
彼女の人生は、この頬のアザを化粧で隠すことから大きく変わっていった。魅力的な容姿は天から与えられたものではなく、彼女の努力によって後天的に得られたものであり、だからこそ彼女は、それを最大限に活用して、自分ひとりで生きる道を模索し続けた。「語り」という化粧とともに。
事業に失敗した父親は日本からカイロに渡ると、アラブの実力者との会合に着物を着させて娘・百合子を同伴した。男性の実力者への身の処し方は、その頃から身に着けたものなのだろう。そんな両親を小池は、最後まで経済的に支えた。「強い人が好き」と理想の男性像を聞かれて答えているが、権力者を好むと同時に、権力者になりたいと願ったのは、落魄(らくはく)し娘を何かと頼ろうとする父親を見てきたことと無関係ではないだろう。
常に自分が生き延びることを優先し、彼女は情を切り捨ててきた。そんなものに気を捉われていたら、自分も足をすくわれて、深い淵に沈んでしまうといった強迫観念のようなものがあったのだろうか。上へ上へと浮かび上がろうとし、状況も人も利用してきた。では、すべてを手にしたとき、彼女はスポットライトを浴びるということの他に一体、何をやりたいのだろう。
選挙カーという舞台の上で黄緑色の衣装を身につけ、「女性初の都知事」という役を演じ続けている。熱狂なき観客を前に、候補者という脇役を横に。それでも彼女の表情は恍惚と、輝いているように見えた。